「――え、 」


 「ラウルレウム・フラーテル――彼は僕の一番の愛弟子だったことには違いないんだが、酷い心臓の病気でね。 早くにして、亡くなってしまった。 僕はそれを止めたかったんだ……」


 慄きながら、言葉の意味を咀嚼しきれていないエルフの青年――ラウルレウム。
いや。
「ラウルレウム」と呼ばれていた青年を尻目に、対峙する男は少しずつ青年に歩み寄る。 


船は、もう出始めている。 進み始める船にも気を向けれず、ラウルレウムは歩み寄る男の顔を、ただ見ていた。



 「……でも、彼の病気を治す事は叶わなかった。 彼の自己治癒能力を引き上げる事も試した…叶わなかった。 病気部分を封印して切除する…なんてことも、当然、叶わなかった。 悲しいね、幾ら世間が持て囃そうと、大切な弟子を癒す事もできなかったんだ。」


 男はいつも通りふくむような微笑みを浮かべたまま、


 「その時、思いついたんだよ。」

 
 男が指さしたのは、その青年の薄い胸板――その僅か透けた処にある臓器。


 「"代替品"のパーツを作ればいいんだって。」


 「……ン、な……  …… 、 馬鹿な、話…、」


 「僕と「ラウルレウム」君は、人体構造の研究に熱を入れていてね。…僕は「ホムンクルス」技術の研究をずっとしていたけど。彼の魂と肉体の構成要素を調べて作って、流し込んで。 大変だったんだよ、「キミ」を作るのは。何日も寝ずに作ったんだから」


 「 … 、 」

 エルフの青年は、笑う男を相手に、顔を片方の手で抑えて深く溜息を吐く。
首を横にふりながら、それを確かに拒絶する。


 「 …デタラメだ。 俺には記憶がある。 ここにきて、働いて。 いや、学院に入学して。せんせい、と… ………母さんと、森で、二人でずっと」

 「相手もして貰えずに、父親の気を引くためだけに生かされていたんだったね。本だけ与えられ、ずっと倉庫に閉じ込められていた」

 「 ――  、  」


 エルフの青年は、一度目を見開いて、唇を噛み締める。
男の表情はそれに対し、喜びも驚きもないようだった。 ただ、笑っている。そこには何もないかのように、何も変わることはない。


 「『お蔭で家事は得意になりましたからね』って、良く世話を焼いてくれたからねぇ。 ………トリシャが彼に好意を寄せていたのも良く分かる。
彼はいつも軽薄な素振りをしていたけれど、そうしていつも、周りに酷く気を遣っていたから。 …何かに追い立てられるようにひたむきに献身している様子は痛々しかったけれど、トリシャは彼のその部分に依存しきっていたし。彼は全く、それに気付いていなかったみたいだけど」


 「その結末は、君も知っているね。ついに彼女はおかしくなってしまった。 その部分は、君もよく知る処じゃあないかな」


 「……。それが、百歩譲って、全部正しかったとして。 じゃあ何で…… …何で、」

ひりつく喉を無理矢理に動かして、絞り出すように青年は呟く。


 「俺はまだ、生きてる……?  」


 アレクセイ教授は肩を竦めて、また優しげに目の前の青年に微笑みかける。

 「彼がそう望んだからだよ。 僕は彼に君のパーツを移植しようと思っていたんだ。 彼の心臓が限界になりそうなその日に、ね。
……でも、彼に断られてしまったんだ。 『他の人間の命が奪えるわけないでしょう』って。 ……だから、最後まで内緒にしていたんだけど。」

溜息。

 「僕は彼を読み違えていた。 命の危機にまで陥れば、いきとしいけるものすべては、多少の事は犠牲にしてでも生きようとするものだろうと、思っていた。
まして、それが得体もしれない、どうでもいいホムンクルスなんて、当然。 ――ああ、考え違えをした、と、思った」


アレクセイの微笑みがはじめて消え、表情が消える。



 「彼は死にたがっていたんだ。 惰性で生きていて、死ねるなら死にたかった。
彼は自分にはどこにも行く場所がないことが分かっていた。彼自身にこそ、彼の価値が分かっていなかった。ずっと死にたがっていた」


「……………。」


エルフの青年の表情は、衝撃の色はもう無い。 悲痛さを噛み殺す様に顔を伏せていた。
拳は握られたまま、僅かに震えているのみで。


「……僕は茫然としながら、彼の記憶を君に出来る限り流し込んで、「ラウルレウム」を作った。
魂の部分も、出来得る限り彼のものを使った。 そうして僕は、彼の死を隠したことになる 」

アレクセイは微笑みを取り繕い直して、「ラウルレウム」に近寄る。

「…まぁ、それでも、誰も気付く者はいなかったけどね。君が「違う何か」だなんて、誰も思いもよらない。僕だけだ。 
僕は最初、何とも言えない気持ちだった。優秀な弟子を失ってしまって、ホムンクルスですらない、わけもわからない製法で作った君だけが残った。
僕は何でこんなことをしているんだろう? ……そんなことすら思ったよ」


「でもね。……ある日思ったんだ。 君は、じゃあ何なのか。 …厳密に言えば、蘇生でもない。ホムンクルスでもない。模造品ですらない――」


目を細める。


「――僕は君に興味が湧いた。 君を研究する事にした。  君は、どこまでいけるんだろう。「ラウルレウム・フラーテル」の不完全な模造品さから、
どこに向かって成長していくんだろう。 ………君は、何になる?  色々な実験を試す事にした。 わざとホムンクルスの廃棄場を見せたり、魔法を教えたり、国から追い立ててみたり――」

子供が将来の夢を話すかのような無邪気さで、フランクに男は喋っていた。


 「………、  頭オカしいぜ、アンタ」

 歯を噛みしめた後、不思議な程に、青年は力を抜いているようだった。
話を聞けば聞くほど、焦燥や怒りのような苛烈さを想わせる表情は抜け落ちていっていた。
彼の浮かべる表情は、哀しみだろうか。


「…次の実験だ」

微笑みながら、アレクセイは「ラウルレウム」を指をさす。


 「"代替品のラウルレウム・フラーテル"。 君は、あと1年で活動限界を迎えて死ぬ」

 「―― !」


 「君は、彼にその人生を捧ぐべく生まれた羊だ。 その寿命は長くない。
そして、どこにも、本当の意味で君の居場所はない。 親も、友人も、恋人も、その全てが、「彼」の為にあったものだからね」


 「君はただ一人で死んでいく。 最初から定まっていた運命によって。 君の今日までの全ては、何一つ君のものじゃない。
……すべてを知った時、君はいったい  」




「だとしても、何も変わらねえ」 


ラウルレウムの浮かべていた表情は、憐憫だった。
悲しげでもあるが、自身のにというよりは、目の前の、恩師に対しての。



「当初の目的通り、俺はあいつを、満足いくような人生、送らせてやるだけだよ。 元々、学院にも、地元にも帰れるなんて思ってねーし。そもそも、それが真実だなんて保障もねえ。
…………逆に、これで気兼ねなく、レムの所に帰れるじゃねえか。」


ちゃらりと小さな音を立てながら、金鎖のついた懐中時計を懐から取り出して目を伏せる。

「俺の居場所は、もうあんだよ。 ずっと、トレステラに」

改めて、「ラウルレウム」は真っ直ぐに先生、と呼んだ男に双眸を向けた。
目的の為に重圧を支えた、あまりに悲壮で惨めな、だが断固たる想いを告げるように。


「…… また、考え違いをしていた。 ……僕の予期していたのでは、ない方向の返答だね」

 微笑みを消して――だが特に、何という代わりの表情も無く、アレクセイはポケットに手を突っ込み、小さな溜息を吐いた。


「君には、もう二度、予想を裏切られているね。 ……片や偽りの、片や魂の無い二人きりで、君達はどこへ行くのかな?
 ……やはり、興味深いね。」


「言ってろよ。 …あと、その「ラウルレウム」さんとやらは、俺に似たマヌケだと思うよ。
マジで、そんじょそこらのホムンクルスに現を抜かしたトコも、俺はあったんだと思うぜ。  ――最後に、 先生、」


「 何かな? 」


ラウルレウムは厳かに力ある言葉を呟く。 その魔力が金鎖の時計へと収束していき、黄金色の輝きを満たし拡散する刹那、



「ありがとな、俺を作ってくれて」


微妙な笑み。


音もなくラウルレウムの姿は消え、そこには男が一人だけ、残る。



「………、 気付いていたのかな。 僕のついた嘘に。」


海鳥の哭く声だけがこだまする。 アレクセイ教授は抜けるような青空を見上げ、
笑っていた。



「 ……まぁ、わかっているのかもね。 …君は天才だから」











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