エメラルドシティの魔法使い
2013年4月6日 「しつけーな……ッ」
山笑う、うらうらとした陽春の暖かい日差しが射し始めている朝の街道を走る、二つの影があった。そして、それを追ういくつかの影も、また。
二つの影の片方は、背高い青年である。僅かに髪から飛び出した尖った耳は彼をただの人種でないと示していて、彼の整った顔立ちはリョースアールヴのエルフを思わせる。
ただ、薄氷のような淡色の双眸に神秘も余裕もなく、ただひた走っていた。蒼い髪を乱して時々振り返り、もう片手で手を繋いでいるもう一つの影――深碧の髪と眠たげな双眸の少女とはぐれないか、奴らはどれほど近いかと、追いかけてくる影達を顧みている。
追いかけてきている影は、皆ならず者のような恰好をした、老若男女問わない集団だった。
彼らはとある国の特務部隊だ。 軍人だが、普段は全く別の生活を営んでいる非公式部隊の存在は、国民は実しやかに囁いていた。正式な軍隊には大よそさせる事の出来ない、手酷い任務を必要とする時に現れるのだ。 ……非公式な部隊がそこまで国の噂になっていたのは、「抑止力」の宣伝ではないかと言われていた。どちらにしろ、国営学舎の機密を持ち逃げした自分を逃がす気は無いのだろうと、青年は諦めていた。 故に、逃げてきた。 水の都から、砂漠の国から、海中の国家を抜け、森中樹上都市を駆け抜け、トレステラへと。 またもや、…ここにも「彼ら」はやってきてしまったが。 彼らとの追いかけっこもこれで1年になるか。
「特務」の彼等は、息を乱す様子もない。青年は内心で舌打ちした。 少女は息を切らしてはいないが、自分が足枷になっている。 いずれ、彼らに追い付かれる。
「――なら、……ッ」
鞄に手を突っ込み、がしゃがしゃと中の目的のものを掴み出す。 引き出したのは、慣れ親しんだ古傷つきのワンドだった。
その様子を隣を奔っていた少女が青年を何をするのかと読めたのか、彼を見上げる。
「…………ラウル」
「お前は先行ってろ! 一発で全員足止めできりゃなんとかなる。 デュラハンロードの軍勢すら吹っ飛ばした俺の魔法で……」
「いつもの、御託はいい。………時間はわたしが、稼ぐ」
「 なンだとこんにゃろ! いいから逃げ ―― ……!? ちょ、お前バカッ、」
とん、と何かが地面を叩く音がする。 青年は意図に気付いて振り向いたときには既に少女は急転換し、反動そのままに敵へと向かい、
「 、」
どうと鈍い音がした。ならず者の一人の閃かせた刃物を少女は掌打で横から砕き、肘鉄を鳩尾に叩き込む。
倒れ伏す仲間を気にもかけず、他の者達が続いて少女へと刃を振り下ろそうと――
「 ――『甘き眠りに誘わる、紅き血の野の咲くや艶花』ッ 」
杖はふられた。 誘眠の花の香が、ふわりと街道に吹き荒ぶ。 力なく折れた人々を尻目に、青年は眠り伏した少女の肩を揺らして起こす。
そのまま二人は取り急ぎ、どこかへと向かって走り出す。
「今のっ、ひっさしぶりだけど、新技だよなアレ。なンだあれ 」
「………猛虎硬爬山。……本で覚えた」
- * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * -
うみねこの鳴き声の響く、海を臨む船着場。
簡素な受け付けを済ませ、北国行きの船に少女を先に乗らせよう、としているとき。
「やあ。 急いでいるのかな、ラウルレウム君」
「………、 ……先生」
険しい表情を浮かべるエルフの青年、ラウルレウムのそれとは対照的に、人の好さそうな微笑みを浮かべた男が声をかけていた。
白衣と法衣の中間のような服飾から、彼に似た職の持ち主であることは間違いなかった。
「元気そうで何よりだね。 どうかな、最近は。 風邪をひいたりしなかったかい。」
「生憎と、昔より丈夫になりまして。 ――…今急いでるんです、これで」
「ああ、ごめんごめん。 あああとね、魔法は上達したかい? 君はいつか爆発を扱うのが夢だったね。懐かしいなぁ。」
「……覚えましたよ、仮死まで。 ……いずれ、最後まで、全ての魔法を収めて見せます。 では」
「おお、凄いね。 そうか、君がそんなものまで覚えれたのか。 じゃあ、やっぱり良かったなぁ。 」
足止め、だろうか。 ラウルレウムは怪訝そうに眉を顰めつつ、船に乗り込みながら顧みる。
先生は相変わらず微笑んだままで、寧ろ不安すら煽られていた。
「? ……何の話です? 何も良かないと思いますよ。 俺はいずれ、学院と…先生の秘密を上手くバラすつもりです。…それを、止めに来たんじゃないんですか? ……貴方には、それを聞いとかねぇととは思ってましたから、都合良かったですけど」
先生、は微笑みながら、首を横に振る。
「違うよ。 やっぱり僕の研究は間違っていなかったんだね。」
「……今なら俺は言えますよ。 無理矢理、「ヒト」に犠牲を強いり続けるために、犠牲を強いる為の「ヒト」を作るなんて間違ってるって」
「ああ、そうか。 君には言っていなかったね。 僕のホムンクルス研究は、そんな消耗品を扱うようなためのものじゃないんだ」
「………え、」
「僕の研究は、究極のホムンクルスを作るものだったんだよ。究極はね、「完成」を意味するものじゃない。常に「完成であり続ける」…… 「成長するホムンクルス」をね、作りたかったんだ」
出港の報せが鳴る。
優しげな薄笑いを浮かべたまま、アレクセイ教授は言った。
「ラウルレウム・フラーテルは死んでいるんだ。 君は彼の代わりなんだよ」
山笑う、うらうらとした陽春の暖かい日差しが射し始めている朝の街道を走る、二つの影があった。そして、それを追ういくつかの影も、また。
二つの影の片方は、背高い青年である。僅かに髪から飛び出した尖った耳は彼をただの人種でないと示していて、彼の整った顔立ちはリョースアールヴのエルフを思わせる。
ただ、薄氷のような淡色の双眸に神秘も余裕もなく、ただひた走っていた。蒼い髪を乱して時々振り返り、もう片手で手を繋いでいるもう一つの影――深碧の髪と眠たげな双眸の少女とはぐれないか、奴らはどれほど近いかと、追いかけてくる影達を顧みている。
追いかけてきている影は、皆ならず者のような恰好をした、老若男女問わない集団だった。
彼らはとある国の特務部隊だ。 軍人だが、普段は全く別の生活を営んでいる非公式部隊の存在は、国民は実しやかに囁いていた。正式な軍隊には大よそさせる事の出来ない、手酷い任務を必要とする時に現れるのだ。 ……非公式な部隊がそこまで国の噂になっていたのは、「抑止力」の宣伝ではないかと言われていた。どちらにしろ、国営学舎の機密を持ち逃げした自分を逃がす気は無いのだろうと、青年は諦めていた。 故に、逃げてきた。 水の都から、砂漠の国から、海中の国家を抜け、森中樹上都市を駆け抜け、トレステラへと。 またもや、…ここにも「彼ら」はやってきてしまったが。 彼らとの追いかけっこもこれで1年になるか。
「特務」の彼等は、息を乱す様子もない。青年は内心で舌打ちした。 少女は息を切らしてはいないが、自分が足枷になっている。 いずれ、彼らに追い付かれる。
「――なら、……ッ」
鞄に手を突っ込み、がしゃがしゃと中の目的のものを掴み出す。 引き出したのは、慣れ親しんだ古傷つきのワンドだった。
その様子を隣を奔っていた少女が青年を何をするのかと読めたのか、彼を見上げる。
「…………ラウル」
「お前は先行ってろ! 一発で全員足止めできりゃなんとかなる。 デュラハンロードの軍勢すら吹っ飛ばした俺の魔法で……」
「いつもの、御託はいい。………時間はわたしが、稼ぐ」
「 なンだとこんにゃろ! いいから逃げ ―― ……!? ちょ、お前バカッ、」
とん、と何かが地面を叩く音がする。 青年は意図に気付いて振り向いたときには既に少女は急転換し、反動そのままに敵へと向かい、
「 、」
どうと鈍い音がした。ならず者の一人の閃かせた刃物を少女は掌打で横から砕き、肘鉄を鳩尾に叩き込む。
倒れ伏す仲間を気にもかけず、他の者達が続いて少女へと刃を振り下ろそうと――
「 ――『甘き眠りに誘わる、紅き血の野の咲くや艶花』ッ 」
杖はふられた。 誘眠の花の香が、ふわりと街道に吹き荒ぶ。 力なく折れた人々を尻目に、青年は眠り伏した少女の肩を揺らして起こす。
そのまま二人は取り急ぎ、どこかへと向かって走り出す。
「今のっ、ひっさしぶりだけど、新技だよなアレ。なンだあれ 」
「………猛虎硬爬山。……本で覚えた」
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うみねこの鳴き声の響く、海を臨む船着場。
簡素な受け付けを済ませ、北国行きの船に少女を先に乗らせよう、としているとき。
「やあ。 急いでいるのかな、ラウルレウム君」
「………、 ……先生」
険しい表情を浮かべるエルフの青年、ラウルレウムのそれとは対照的に、人の好さそうな微笑みを浮かべた男が声をかけていた。
白衣と法衣の中間のような服飾から、彼に似た職の持ち主であることは間違いなかった。
「元気そうで何よりだね。 どうかな、最近は。 風邪をひいたりしなかったかい。」
「生憎と、昔より丈夫になりまして。 ――…今急いでるんです、これで」
「ああ、ごめんごめん。 あああとね、魔法は上達したかい? 君はいつか爆発を扱うのが夢だったね。懐かしいなぁ。」
「……覚えましたよ、仮死まで。 ……いずれ、最後まで、全ての魔法を収めて見せます。 では」
「おお、凄いね。 そうか、君がそんなものまで覚えれたのか。 じゃあ、やっぱり良かったなぁ。 」
足止め、だろうか。 ラウルレウムは怪訝そうに眉を顰めつつ、船に乗り込みながら顧みる。
先生は相変わらず微笑んだままで、寧ろ不安すら煽られていた。
「? ……何の話です? 何も良かないと思いますよ。 俺はいずれ、学院と…先生の秘密を上手くバラすつもりです。…それを、止めに来たんじゃないんですか? ……貴方には、それを聞いとかねぇととは思ってましたから、都合良かったですけど」
先生、は微笑みながら、首を横に振る。
「違うよ。 やっぱり僕の研究は間違っていなかったんだね。」
「……今なら俺は言えますよ。 無理矢理、「ヒト」に犠牲を強いり続けるために、犠牲を強いる為の「ヒト」を作るなんて間違ってるって」
「ああ、そうか。 君には言っていなかったね。 僕のホムンクルス研究は、そんな消耗品を扱うようなためのものじゃないんだ」
「………え、」
「僕の研究は、究極のホムンクルスを作るものだったんだよ。究極はね、「完成」を意味するものじゃない。常に「完成であり続ける」…… 「成長するホムンクルス」をね、作りたかったんだ」
出港の報せが鳴る。
優しげな薄笑いを浮かべたまま、アレクセイ教授は言った。
「ラウルレウム・フラーテルは死んでいるんだ。 君は彼の代わりなんだよ」
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